楽譜コピーの集中処理システム創設に向けて

 楽譜のコピ−に関する諸問題は相変わらずこれといった解決策もないまま、いわゆる「版面権」の創設も遅々として進展がみられない状況にあることは頭の痛いところです。現行著作権法は著作物の無断コピ−を禁じてはいるものの、制限規定を含め、コピ−は野放し状態です。しかし、書籍・雑誌・新聞に関しては、(社)日本複写権センタ−等の創設により、一応の受け皿は準備されていますが、楽譜についてはJASRACがこれに代わる権利処理を行えるという建前です。ただし、現在のシステムでは、コピ−する人が申し出てくることが前提であり、必ずしも積極的な管理が行われているとは言い難いところが問題です。将来的には、楽譜の複写権処理機関の創設が望まれるところではありますが、現実的には難問山積で、そう簡単ではありません。  
 こうした現状のなかで、実際の損害を被る立場にある作詞者・作曲者・出版者、そして権利を預かるJASRACが一同に会し、将来的に楽譜の複写権センタ−創設を大目標に、当面なすべきことを共同して行おうという動きが始まりました。すでに、以前から、それぞれが個別に活動は続けてきたものの、こうして各団体が一同に会することは初めてであり、問題意識の共有化はその第一歩として欠くことができないものであるとの認識で一致しました。また、今後は、できるだけ早期に、コピ−をする立場の人々にも参加を願い、楽譜のコピ−問題に関する共通認識を醸成し、相互の契約に基づく適正な複写・複製のシステムを構築したいという目標を掲げています。  

       
   
  「出版者に固有の権利」の創設を訴える

 当協会の「規約」第4条1項3号に明示された「…出版者に固有の権利の法制化を推進する運動」という表現や、著作権委員会の事業計画に見られる「いわゆる『版面権』を含む『出版者に固有の権利』の法制化」等の意味するところは、実は、古くて新しい問題です。事柄の発端は、旧著作権法の全面改正作業が行われていた昭和41年4月に出された著作権制度審議会の答申で、「出版物の組版面は、それ自体が著作物でなく、あるいは、すでに著作権が消滅した著作物に係るものであっても、他人がそれを利用することに対し、その出版者がなんの保護も与えられないことは妥当ではない。この場合、少なくとも組版面を写真複製等でそのまま利用することについてのなんらかの措置を、主として不正競争防止的な観点から著作権法上講ずることは考慮に値すると考える」とされましたが、その後、複写機器の発達と普及に伴い著作物が出版物から容易、かつ、大量に複製されるようになり、著作者及び出版者の損害を放置できないとの判断から、昭和51年、当時の著作権審議会第4小委員会が、「複写複製関係報告書」を、そして昭和59年、「著作権の集中的処理に関する調査研究協力者会議報告書(複写問題)」が提出され、昭和60年7月には著作権審議会の総会で、出版者の保護の問題について検討を開始する決定がなされ、第8小委員会が設置されました。同委員会は、主査に北川善太郎京都大学教授(当時)を選出し、同年9月以来検討を重ね、昭和63年10月「(出版者の保護関係)中間報告書」を、そして平成2年6月には「(出版者の保護関係)報告書」がまとめられました。
同報告書では、「本小委員会の結論として、『出版者に固有の権利』を著作権法上認めて保護することが必要であるとの意見が大勢を占めた」とし、「出版行為による著作物の伝達に出版者が果たしている重要な役割を評価し、複写を中心とした出版物の複製に対応した必要な範囲内で、出版者に独自の権利を認めることが適当であると考える。
本小委員会はかかる形で出版者の保護を認めることが、我が国における学術・文化の一層の発展に資するものであると考えるものである」と結論づけ、方向は定まったかにみえましたが、それから15年の歳月を経た現在もなお、経団連の反対の下、「出版者に固有の権利」は法制化されるに至っておらず、また、当時の尽くされた議論の内容を記憶する者も徐々に減りつつあるのが現状です。現行法制の下、出版者の法的保護に関する内容はきわめて微弱であり、かつ、実効性にも乏しく、「出版者に固有の権利」の法制化が、楽譜出版者に限らず、すべての出版者にとって強く望まれているところです。当協会は、今後も、すべての出版者たちと協力し、この権利の早期創設をめざした主張を続けて行きます。

     

 

     
  出版者の権利 〜楽譜に版面権を〜

 高校二年生の時にはじめて日本音楽コンクール作曲部門に応募した。1970年のことだった。当時はコピー機もまだ一般化しておらず、応募規定には黒のペン書きでスコアを提出すること、とあった。その時以来、五年連続で応募し、うち最後をのぞく四回は予選で落とされた。予選は譜面審査である。音にしてみたいと思わせる譜面でなければ本選には残れない。落ち続けるなかで、次第にそのことを痛感し、譜面の書き方を色々と考えるようになった。いわゆる譜ヅラ、譜ワリ。審査員の目をどのように引き付けるか。浄書にこだわるようになった。五年間を通してペン書き浄書。失敗すると簡単には修正できない。だから浄書にかかる前に、浄書プランを練るようになった。言い換えれば、作曲者として、「版面」にこだわるようになったのである。こだわり方は様々だろうし、コンクール的な戦略などと無縁の場合もあろうが、しかし、譜面を書き上げて仕事を完了する作曲家は、その多くが自らの「版面」の出来について意を払い、「版面」も含めて自分の音楽作品と考えているに違いない。いわんや楽譜出版社。楽譜出版社にとって自らの出版楽譜の「版面」は、その商品価値を定める重要な要因であり、それに意を注がぬ社はない。特に他社と競合する古典楽曲等の「版面」は、まさにその社の独自の「作品」であり、買い手や利用者の比較評価を直截に受けるものである。  

 「版面」によって「音楽」をいかに伝え、いかに表現し得るか。その理想、その要求は、時に美術品の域に達する。そして、それに応じ、実現すべき努力が重ねられている。楽譜出版社における版面権、それは一般に広く認識され、法的に定められてしかるべき権利であると言えよう。

西村 朗(作曲家、東京音楽大学教授)

       
     
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